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JCCNC NEWS

March/April Edition

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第一回 コルマ日本人共同墓地

この地に生きた先人の様々な人生を想いながら…
この地に生きた先人の様々な人生を想いながら…

多くの日本人・日系人がここ北カリフォルニアで歴史を築いてきました。そんな先人が残した足跡を一緒に辿ってみませんか?広報委員会は、日本人・日系人と深く関わりの有る当地の歴史を『歴史探索』というコーナーで紹介していきます。第一回はコルマ日本人共同墓地を取り上げます。


JCCNCは毎年メモリアルデーの一週間前にボランティアを募りこの墓地の清掃を行っています。そういった繋がりから、会員の皆さんには馴染み深い場所かもしれませんね。そんな墓地の歴史の始まりは、1901年にさかのぼります。明治天皇が、この地に住む貧しい日本人を救済する目的で、加州日本人慈恵会を設立されました。この慈恵会の働きにより、同年、コルマ日本人共同墓地が誕生しました。この地に眠る先人の一例を簡単に紹介します。

  • 1860年、14代将軍徳川家茂が署名した、日米修好通商条約の批准書を交換する為、遣米使節団が派米されました。その護衛の為、勝海舟や福沢諭吉らが便乗した咸臨丸も、浦賀を出向し、38日後、同年3月18日、サンフランシスコ(現在のPier 9辺り)に到着しました。この咸臨丸の3人の若き水夫がこの墓地に眠っています。

  • 福岡県出身の牛島謹爾(きんじ)氏も、この墓地に眠ります。Stockton地方の荒れ地を開拓し、苦闘の末、良種のじゃがいもの大量生産に成功し、加州の5割以上、米国の1割のじゃがいもの生産に成功しました。地元では、ジョージ・シマで親しまれ、またポテト・キングとも呼ばれました。

  • 山梨県出身の萩原真氏は、ゴールデン・ゲート・パークにある日本庭園の公的な管理人を務め、庭園の運営をし、現在の景観を作り上げた人物です。庭園内にあった茶屋で振舞われたせんべいが、フォーチュン・クッキーの始まりという説もあります。

  • 福島県出身の国府田敬三郎氏はColusa郡やMerced郡で大農方式による良質米「国宝ローズ」の大量生産に成功し、ライス・キングと呼ばれました。第二次世界大戦中は強制収容所に送られ、築いた財も失なったそうです。戦後、農園の再開に成功、また、帰化権獲得同盟を結成して全米的な運動を展開した事でも有名です。

以上の例の中には戦後に生きた方の歴史も含まれていて、それ程大昔の話ではありません。しかし、今の時代とはあまりにもかけ離れていて、想像を絶する苦境を乗り越えられたのだと思います。その上に築いた、大きな功績に敬服します。



©2020 by Japanese Chamber of Commerce of Northern California. 

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