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JCCNC NEWS

2025 July/August Edition

PR Committee

Jul / Aug

広報委員会

Palo Altoの伝説のライブハウス「Keystone」に想いを馳せる

 

U.S. Bank

広報委員

水戸 英輔

みなさん、こんにちは!JCCNC広報委員のオールドルーキー・ミトです。

なんと今回は「ベイエリアにちなんだ音楽に関するコラム」を担当させていただくことになりました!


ちなみに私、12歳の頃からヘヴィメタル・ハードロック(HM/HR)が大好物でして。この道に踏み入れたキッカケは、当時の地元の図書館でCDの貸し出しが始まった頃のこと。受付のお姉さんに「洋楽でおすすめありますか?テンポが早いのがいいです」と尋ねたところ、「それならMotörheadかな?」と、今思えば疑問符しか浮かばない斜め上すぎるレコメンドを受けたことからすべてが始まりました(笑)。

12歳には早すぎたかもしれない「Motörhead - Ace Of Spades」

その後、すっかりHM/HR(+パンクロック)にハマった中高生時代は、輸入盤CDの歌詞カードを必死に読み込み、恐ろしいほどの熱量で歌詞を丸暗記しておりました。……が、そこで覚えた単語は学校の英語の試験にびっくりするほど1単語も出てこず、「なんでテストに出ないんだ!?」と暗黒の単語帳を抱えて頭を抱えていた苦い記憶があります。


そんなHM/HR愛をいまでも隠しもってベイエリアに生息している私が今回お届けしたいのが、このパロアルトの街に眠る熱い音楽の歴史です。


パロアルトという名前を聞いて、どのような街を思い浮かべるでしょうか?名門スタンフォード大学のお膝下の洗練された学術都市?あるいはテスラや自動運転車がスマートに街を走り抜け、オーガニックなカフェやファーマーズマーケットにIT系で財を成した起業家やファミリーが集う高級住宅街?そういったクリーンでハイソなイメージを抱く方々がほとんどだと思います。


ですが!時代をほんの40年ほど巻き戻すと、ここには今とはまったく違う、泥臭くて激アツなカウンターカルチャーの熱気が渦巻いたのです!!


その熱源の中心にあったのが、かつてCalifornia Ave沿いに存在した伝説のライブハウスKeystone Palo Alto」(1977〜1986年)です!

Keystone解体を録画したYoutube動画😢

当時はキャパ数百人程度の小規模なクラブだったらしいのですが、HM/HR好きの私にとって絶対に外せないのが、毎週月曜日に開催されていた伝説の企画、その名もMonday Metal Madness。月曜の夜からヘビメタを聞いて暴れるという、もしもドラえもんがいてタイムマシンが手に入ったら、私は間違いなく最初に向かうであろうイベントです。Mondayなので、週の始まりから爆音とモッシュで街を揺らしていたこのイベントには、多くの怪物バンドが手の届く距離で暴れ回っていました。


  • Metallica(1983年10月31日・ハロウィンの夜): 今やヘビメタの枠を超えてマルチジェネレーションで愛されるまでに至った彼らですが、2ndアルバム『Ride the Lightning』のリリース前、まさにこの「Monday Metal Madness」に登壇。名曲『Fight Fire With Fire』『Creeping Death』を世界初公開でぶちかますという、HR/HM史に刻まれる奇跡の夜を生み出しました。当時の演奏はライブ音源になっていますが、なんとYoutubeにてお聞きいただけます!また、Metallicaの他にもスラッシュメタルを代表するSlayer等も若かりし頃にプレイしていた様子。

どれくらい近いかっていうとメタリカが学園祭レベルの近さだった様子
Slayerも遠征ライブに来ていた!

  • パンク/ハードコアの重鎮たち: 当時のフライヤーを見るとパンクの重鎮The VandalsやDr. Know、RKL、Whipping Boyなどが名を連ねています。このポスターにあるような、スパイキーヘアや革ジャン、パッチだらけの服に身を包んだキッズたちが押し寄せていた様子。これはコワイ!

  • ロックのレジェンドたち: もちろんメタルだけでなく、Grateful DeadのJerry Garciaが頻繁に出演したり、パンクの先駆者Ramonesなども汗だくで音を出していた聖地でもありました。

Jerry Garciaが常連メンバー!
(注)こちらのRamonesはKeystoneでの演奏ではありません

当時のパロアルト・Keystoneは、ステージと客席の境目すら怪しく、観客の真横を有名ミュージシャンがギターを担いで通り抜けていくような、カオスで最高な空間だったそうです。

もちろん、私自身がリアルタイムでこの時代のKeystoneを体験したわけではないので、最初に地元のメタル仲間おじさんこの話を聞いた時は「本当かいな?」と半信半疑でした。ですが、気になってインターネットで画像検索をしてみると……出るわ出るわ!AIはおろかコンピューターグラフィックスすら存在しなかった時代の、手刷りの熱いアナログな告知ポスターや激レアなライブ盤のジャケットなどなど。当時のグラフィックと熱量を目にして、思わず感涙してしまいました。


今やキレイに整備され、テラス席でディナーを楽しむ人々で賑わう落ち着いたCalifornia Ave。

実は、こちらのフレンチレストラン「Protege(ミシュラン星獲得店!)」がかつてのKeystone(の一部)だったりするのですが、週明けの月曜日、仕事帰りにふとこの通りを歩くとき、「ここで昔、若きメタリカやヘビメタ・パンクキッズたちが月曜の夜から爆音にノって狂喜乱舞していたんだな…」と歴史のギャップに想いを馳せてみると、いつもの見慣れたパロアルトが少し違って見えてくるかもしれません!

Youtuberもここがかつてロック・パンクの聖地であったことは全く知る由もないであろう...

©2020 by Japanese Chamber of Commerce of Northern California. 

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